モリバイクの運営者情報

ご覧いただきありがとうございます。

当メディアの運営者モリバイク(森中 忍)です。

19歳から三重県鈴鹿市を拠点に約10年間バイクのロードレース活動をしていました。

現在はWebライター・当メディア運営のお仕事をしています。

↓ちなみに、バイク診断(性格診断を元に制作したオリジナル診断ツールです)を実施したら【ネイキッド】でした↓

【バイク診断】16の性格診断からあなたの性格とおすすめバイクをご紹介! どんなバイクがいいのかよく分からない そもそもバイクってどんなバイクがあるの? 本当に自分にピッタリのバイクを探...

実際免許を取ってから初めて乗ったバイクはCB750でしたので、あながち間違ってないかもしれません。

バイクのレース活動を約10年程行ってきましたので、

  • バイクレースをしている・これから始める人
  • 普段からバイクに乗っている人
  • これからバイクに乗ろうと考えている人

に対し、自身の経験やノウハウを発信していこうと思い当サイトを作成させて頂きました。

以下、運営者のこれまでをご紹介させていただきます。

ちなみに自動車業界特化税理士事務所様のメディアでも紹介していただきました。

モリバイクの経歴を簡単にご紹介

私モリバイクは和歌山県那智勝浦町で生まれ、幼少期に両親の仕事の関係で三重県鈴鹿市に引っ越して来ました。

幼少期はとにかく内気で人見知り全開で。みんなとワイワイするのではなく一人で隅っこで砂遊びをするような性格でした。

しかし、小学生の頃にターニングポイントを迎えます。

当時、自転車と言えばマウンテンバイクが流行っていました。

そこで私も親からマウンテンバイクを購入してもらうと、自転車に乗ることに目覚め、ひたすら友達と近所の裏庭でひたすらダウンヒルのような遊びをしていました。(切り株に乗り上げてダイブすることもありました)

内気な性格だったのですが、この頃からアクティブな遊びをするようになっていくんですね。

そして中学に上がると、2002年日韓ワールドカップの影響を受け、サッカー部(ゴールキーパーでした)に入部します。しかし当時部内の派閥が凄くいじめに遭ってしまい、2年で辞めてしまいました。

その辺りから次第に引きこもるようになり、家ではゲーム三昧。そこで出会ったのがグランツーリスモだったんですよね。その頃から、徐々に車に興味が出てきました。

中学時代は成績がトップクラスに悪く、ほとんど引きこもりに近い状態だったので、高校は中学生の同級生が少ない進学先を選び、心機一転を謀ります。

勉強もめちゃめちゃ頑張って成績はトップクラスになったし、生徒会なんかもやらせて頂きました。

ちなみに私が通った高校は鈴鹿サーキットのすぐ近くだったので、モータースポーツに関する授業もしていました。当時の私は車に興味を持ち始めていたので、迷わずその授業を選択します。

すると夏休みになると鈴鹿4時間耐久ロードレースの手伝いに参加するイベントがあったんですね。その時がバイクレースを始めるきっかけだったかもしれません。

バイクレースを生で見で衝撃を受ける

バイクレース

始めてレースの手伝いをしたときに間近でバイクが走っているのを見て、まずその音やスピードに衝撃を受けました。

ST600クラスのバイクは甲高いエンジン音を響かせるので、凄く聞こえが良かったですし、CBRYZFなどのスーパースポーツのフォルムに見惚れました。

そして何よりライダーやメカニックヘルパーの人に衝撃を受けます。

今までは「レース」と言うと、選ばれた一部の人間しかできない別世界だと思っていたのですが、そもそも鈴鹿4耐に出場している人達は普段サラリーマンとして働きながらレース活動を行なっている。それを聞いて「これなら自分でもできる」と思ったんですね。

社会人になってもバイクレースが頭を離れなかった

やがて私は高校卒業し、地元の自動車会社に就職。念願の大型免許を取り、憧れのバイクを手に入れることになりました。

高校時代にアルバイトをしてお金を貯めていたのもあり、すぐにCB750を買いました。

しかしバイクを買ったばかりの頃は峠道を走ってみたり、高速道路を飛ばしてみたりして、それはそれで楽しかったのですが、心の中では悶々とした気持ちが生まれてきました。

「このもやもやした気持ちは一体何なのだろう」と思いながら1年くらい過ごしているうちに「もっと上達したい」「速く走らせられるようになりたい」と思っていることに気が付きました。

そこで、高校時代の授業でお世話になった人(外部講師の先生だったのですが自分でバイクチームを立ち上げている人だったんです。今の恩師ですね)に連絡し、思い切ってレースを始めることになったのです。

初めはMH80でひたすら特訓

レースを始めるにあたり、まずは自分が乗るバイクがなければいけません。そこでチームオーナーさんは、ガレージに転がっているMH80を与えてくれました。

と言っても、エンジンも付いていないフレームの状態でしたので、まずはバイクを作るところからスタートしていきました。

先輩ライダーやオーナーさんに教えてもらいながらバイクを完成させると、ひたすら近畿スポーツランド名阪スポーツランドに通い詰める日々を過ごしました。(必ず毎週末どちらかのサーキットに行き、朝から晩までひたすら走り込んでいました)

当時は歳が近い先輩がいて、一緒にサーキットに通っていました。サーキットではとにかく先輩についていこうと必死で、転けまくっていましたね。でもそれが良かったのかもしれません。

レースを初めた2年目から鈴鹿サーキットのライセンスを取り、本格的にサーキットデビュー。鈴鹿サンデーロードレースのST250クラスに参戦することになりました。

鈴鹿4時間耐久ロードレースでクラス優勝

2012年 鈴鹿4耐

ST250クラスで表彰台争いをするうちに、やがて鈴鹿4時間耐久ロードレースに出ないかという話をいただくことになりました。

そして念願だった鈴鹿4耐にエントリーします。ちなみにこの時は予選15番手で、決勝は私が転倒してしまいました。

しかし車両を貸していただいた方から「来年ST600にエントリーしてみないか」と打診をいただきます。当時からこのクラスには強い憧れを持っていましたので嬉しかったですね。

翌2012年にはカワサキのZX-6Rで走ることになり、この年の4耐でクラス優勝を果たし、さらに翌年はCBR600RRに乗り換え、ST600クラスを戦います。

資金面の問題や仕事との両立に苦労し1度は挫折

レースの世界はハマればハマるほどお金が掛かりますので、長く続けていると必ずぶつかるのがお金の問題。特に自分はよく転倒してバイクを壊していたため、余計にお金がかかりました。

そのため、

  • 正社員で3交代の仕事
  • 空いた時間にアルバイトを掛け持ち
  • ヤフオクでバイクパーツをせどり

をして、なんとかレース資金を調達していました。

4耐も優勝して順風満帆のように思いましたが、2013年の途中から歯車が噛み合わなくなってきました。

当時の自分は休む間も無く仕事と練習に明け暮れており、身体のコンディションのことをきちんと考えていませんでした。

そのため疲労が蓄積された状態からのレースは当然ながら結果も伸び悩み、逆に焦りから来る転倒が増えていきました。

気が付くと、レースで結果を出すというより、ただレースに出ることが目標に。案の定、レース以外でも交通事故を起こすわ仕事先で怪我をするわで、全ての歯車が噛み合わなくなっていきます。

そして一度はレース活動から離れることになります。

考え方を整理して再開

2014年は、ほとんどバイクに乗らなかった年になります。あれほどバイク三昧な日々を送っていたにも関わらず、不思議とバイクに乗る気力が全く湧きませんでした。

ただ、今までは我武者羅にレースをしていたやり方を、見直す時間が取れました。

離れてみると徐々にバイクに乗る気持ちが湧いて来るものですね。ある日、突然練習してみようという気になったのです。

そしてレースを始めた当初に通い詰めていたミニバイクサーキットで走ってみると、簡単に今までのベストタイムを更新することができました。

その時気がついたんですね。これはやり方次第でもっと速くなれると。

幸い2013年の成績で国際ライセンスに昇格することができていたので、2014年はインタークラスにスポット参戦しました。

翌2015年には全日本選手権岡山大会にスポットで参戦し16位完走。地元鈴鹿で開催されるMFJ全日本ロードレース選手権シリーズ最終戦で18位のリザルトを残すことができました。

そして翌2016年、全日本選手権フル参戦の計画を立てることになります。

2年間全日本選手権に挑戦


結論から言うと、2016・2017年は全日本選手権にエントリーしました。(2016年はスポットで全戦エントリーし、2017年は年間エントリーとなります)

もうね、とにかくキツかった…。普通に平日働きながらの全日本転戦です。北は宮城県、南は大分県と、とにかく日本全国で開催されているわけです。

当時サラリーマンだったので、有給を取って全日本のテストやレースを参加していました。

仕事が終わってからそのまま2トントラックに乗り込み、途中でメカニックさんを拾ってサーキットに向かう。そしてテストやレースが終わればすぐに翌日のレースに間に合うようにダッシュで帰る。とても忙しない2年間を過ごしました。

でも、この頃が一番終充実していたかもしれません。

結果こそ残すことができませんでしたが、日本を代表するライダーと同じ土俵で走ることができましたし、雨のレース時は思っているより良い成績を残せたため、手応えを感じた時もありました。

そして何よりサラリーマンでもあった私が全日本選手権を2年間も参戦させていただくことができたことは、周りの人のおかげです。

そして2017年の全日本選手権を最後に、年間を通してのレース活動は引退します。

バイクレースで培ったノウハウや技術を発信していきます

バイクレース

今までレースをするために様々なアルバイトや仕事を経験させてもらいました。

沢山の働き方を見ているうちに「バイクレースを終えた後の人生」について考えるようになりました。

そしてレース活動を一旦終止符を打った2018年。お世話になった会社を辞め、ライター業を軸に文章のお仕事で生計を立てることを選択します。

と、同時に今までバイクレースで培った経験を少しでも役に立てたいと思い、当サイトを立ち上げうことにしました。

前の仕事とレースをやめる時に、もうバイクに乗ることはないとも思いましたので、一時期はバイクから離れようとしました。

でも、どうも人生の中でバイクを離すことができない性格のようで、どのような形でも良いから自分なりにバイクと関われないかと考えてたどり着いたのが、当メディアというわけです。

そのため当ブログでは、レースで経験した

  • バイクの知識
  • ライディングテクニック
  • レース情報
  • ツーリング情報

などを発信し、バイクに乗ることをもっと好きになってもらえるようにすることを目標にしています。

もしレースについてやバイクの情報など、「こんなことが知りたい」などの意見があれば、ぜひこちらから教えていただけると嬉しいです。

少しでも多くのバイカーのお役に立てられればと思いながら運営していきますので、バイク情報で有益と思った記事はどんどんシェアしていただけますと幸いです。

当メディア以外にはTwitterYouTubeでも発信をしています。

執筆実績

株式会社八重洲出版様運営サイト『モーサイ』にて執筆させていただきました。

バブ、ゴキ、サンマなど不思議なバイクの「あだ名」を知っていますか?

昔の人はなぜバイクを「単車」と呼ぶのか? タイヤはふたつあるのに……

バイクのショートニュースメディア『forRide』ライター名「もーりー」で執筆させていただきました。

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